「やることが多いから、睡眠を削るしかない」
忙しい日が続くと、私たちは睡眠を、最初に短くできる時間だと考えがちです。けれど、寝ている間の脳は、単に活動を止めているわけではありません。
脳科学者の毛内拡先生も、睡眠は脳にとって大切なメンテナンスの時間だと説明しています。
「何時間なら大丈夫なのか」「短く眠ると認知症になるのか」と不安になる前に、まず知っておきたいのは、睡眠時間の数字だけで将来が決まるわけではないということです。この記事では、睡眠中の脳で研究されていることと、今夜から自分の眠りを見直す方法を分けてお伝えします。
学んだことは、眠っている間にも整理される
練習中にはうまくできなかったのに、一晩眠った翌日、少しスムーズにできた。そんな経験はないでしょうか。
睡眠は、学んだ情報を整理し、記憶を安定させる過程に関わっています。「覚えられないから、もう少し夜更かしして続けよう」と考えるより、いったん眠ることが学習の一部になる場合があります。
眠ることは、学ぶことの反対ではありません。学んだあとに眠るところまでが、学習の時間だと考えると、睡眠の見え方が変わります。
たとえば、新しい操作を覚えた日、資格の勉強をした日、初めての人とたくさん話した日。脳には、その日に入ってきた情報がいくつもあります。夜遅くまで同じページを読み続けるより、区切りをつけて休み、翌日にもう一度思い出すほうが、学びの流れを作りやすいことがあります。
「今日はここまで」と止めるのは、あきらめではありません。翌日の脳へ続きを渡すための区切りです。
「脳の老廃物を洗い流す」は、どこまで分かっている?
2013年に『Science』へ掲載された研究では、眠っているマウスの脳で、脳の細胞間の空間が広がり、代謝物の除去が促進される様子が報告されました。睡眠と脳内環境の維持を考えるうえで、広く知られている研究です。
ただし、これはマウスを対象にした研究です。「人間でも、眠れば必ず同じ仕組みで認知症を防げる」とまでは言えません。脳の中で起きる複雑な現象を、ひとつの言葉だけで単純化しないことも大切です。
研究結果を日常へ取り入れるときは、「睡眠には脳内環境の維持に関わる働きがあると考えられている」と受け止めるところまでにします。「よく眠れば老廃物が全部なくなる」「眠るだけで認知症を防げる」といった言い切りには、飛躍があります。
脳科学を生活に生かすことと、強い言葉をそのまま信じることは別です。分かっていることと、まだ研究途中のことを分けて知る。それも、自分や家族の健康情報を選ぶ力になります。
短時間睡眠と認知症リスクは、数字を単純化しない
約8,000人を25年ほど追跡した2021年の研究では、50歳と60歳の時点で睡眠が6時間以下だった人は、7時間の人と比べ、後の認知症発症との関連がそれぞれ約22%、約37%高いという結果でした。また、50歳・60歳・70歳を通して短時間睡眠が続いた人では、約30%高い関連が報告されています。
これは「短い睡眠が認知症の直接の原因だ」と証明した研究ではありません。睡眠時間は自己申告を含み、健康状態や生活習慣など多くの要因が関係します。日本人約4万2,000人を調べた別の研究では、7時間と比べた3〜5時間睡眠のリスク上昇は統計学的に明確ではなく、長時間睡眠との関連も報告されました。
数字だけを怖がるのではなく、睡眠と脳の健康には関係がありそうだから、自分の眠りを見直すという受け止め方が現実的です。
強い数字だけでなく、研究条件を見る
健康情報では、「〇時間睡眠の人は認知症リスクが何倍」といった見出しが目に入りやすいものです。しかし、睡眠時間の区切り、対象者の年齢、追跡期間、自己申告か機器測定かによって、結果の見え方は変わります。
英国の研究は、約8,000人を長期に追跡した重要な研究です。一方、日本の研究では、3〜5時間睡眠と7時間睡眠の差は統計学的に明確ではなく、長時間睡眠との関連が示されました。二つの結果が完全に同じではないからこそ、一つの数字だけを全員に当てはめない姿勢が必要です。
関連があるという結果は、短時間睡眠だけが直接の原因だと証明したものではありません。心身の病気、仕事、介護、生活習慣などが睡眠と健康の両方に影響している可能性もあります。
「6時間以上」は目安。自分の休養感も一緒に見る
厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、成人は個人差を踏まえながら、6時間以上を目安に必要な睡眠時間を確保することが勧められています。同時に重視されているのが、朝起きたときに休めたと感じる「睡眠休養感」です。
6時間という数字を守っただけで、誰にとっても十分とは限りません。反対に、毎日必ず8時間眠らなければ失敗ということでもありません。起床時の感覚、日中の眠気、集中しにくさ、休日の寝だめの大きさなどを合わせて見ます。
まず「自分の一週間」を見てみる
睡眠は個人差があり、長さだけで質を判断できません。まずは一週間、次の3つを記録してみてください。
- 眠った時刻と起きた時刻
- 夜中に目が覚めた回数
- 朝起きたときの休養感
- 日中の眠気や集中しにくさ
「何時間眠らなければ」と数字だけを追うより、自分の生活と日中の状態を一緒に見ると、改善の入口が見つかります。強い眠気、いびきや呼吸の中断、不眠が続く場合は、医療機関へ相談してください。
記録したあとに見直したい3つの場面
#### 朝:起きる時刻を大きくずらしていないか
眠れなかった翌日に長く寝床にいると、その夜の寝つきに影響することがあります。まずは起きる時刻をできる範囲で整え、朝の光を浴びるところから始めます。
#### 昼:眠気を我慢し続けていないか
会議中や運転中にも眠気が強い、仕事や家事に支障があるという状態は、「気合い」で片づけないほうがよいサインです。記録を持って専門家へ相談すると、状況を伝えやすくなります。
#### 夜:眠る直前まで頭を働かせていないか
仕事、学習、家事、スマートフォンをぎりぎりまで続けていると、布団へ入っても気持ちが切り替わりにくくなります。すべてを完璧に変えるのではなく、「就寝前の15分だけは翌日の準備をしない」など、小さな境界を一つ作ります。
眠れない夜に、自分を責めすぎない
睡眠を大切にしようと思うほど、「早く眠らなければ」と焦ることがあります。時計を見るたびに残り時間を計算し、かえって頭が冴えてしまう。そんな夜もあります。
睡眠は、努力だけで完全にコントロールできるものではありません。できなかった自分を責めるより、一週間の傾向を見て、変えやすいところを一つ選びます。それでも不調が続くなら、生活の整え方だけの問題にせず、医療機関へ相談することが大切です。
物忘れが気になって睡眠への不安も強くなっている方は、前回の記事もあわせてご覧ください。
脳を知ると、休むことも前向きな行動になる
睡眠を削って頑張ることだけが努力ではありません。学び、考え、動いた脳のために、眠る時間を確保することも大切な行動です。
今日から全部を変える必要はありません。今夜眠る時刻を決める。朝の休養感を一言だけ記録する。眠気が続いていることを家族に話す。その一つが、脳と暮らしを知る入口になります。
認知脳活性アドバイザー®養成講座では、脳の仕組みを難しい知識だけで終わらせず、「今日から自分にできること」へ結びつけて学びます。自分や家族の暮らしに生かしたい方も、現在の仕事や講座に脳科学の視点を加えたい方も受講できます。
※本記事および講座は、認知症その他の疾病の診断・治療・予防効果を保証するものではありません。健康状態に不安がある場合は、医療機関などの専門機関へご相談ください。
参考資料
- 厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」
- Sabia et al.「Association of sleep duration in middle and old age with incidence of dementia」Nature Communications, 2021
- Yoshiike et al.「Sleep duration, its change, and risk of dementia among Japanese」Preventive Medicine, 2024
- Xie et al.「Sleep Drives Metabolite Clearance from the Adult Brain」Science, 2013

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