「あの人の名前、何だったっけ」
顔は浮かんでいるのに名前が出てこない。昨夜の献立を聞かれて、一瞬言葉に詰まる。そんなことが増えると、「脳が衰えてきたのでは」と心配になる方もいるでしょう。
けれど、物忘れがあったという一点だけで、認知症と決めつけることはできません。大切なのは、何を忘れたのか、生活にどんな影響が出ているのかを落ち着いて見ることです。
この記事では、脳科学者の毛内拡先生の解説を手がかりに、物忘れとの付き合い方を日常の場面に置き換えて紹介します。
「献立を忘れる」と「食べたことを忘れる」は違う
厚生労働省の資料では、加齢に伴う物忘れと、認知症でみられる物忘れの違いが紹介されています。
- 加齢に伴う物忘れ:朝食を食べたことは覚えているが、献立の一部を思い出せない
- 認知症でみられる物忘れ:朝食を食べた体験そのものを忘れている
加齢に伴う物忘れは、本人に「忘れた」という自覚があり、日常生活への支障が大きくないことが一般的です。一方、同じ質問を繰り返す、慣れた場所で迷う、支払いや家事が難しくなるなど、生活への影響が続く場合は、早めに医療機関などへ相談することが大切です。
これは自己判断のための診断表ではありません。「いつもと違う」「少しずつ生活に影響している」と感じるときは、一人で抱え込まないでください。
物忘れの回数だけでは判断できない
「昨日も忘れた」「今週は三回もあった」と、回数ばかり数えると不安が大きくなりがちです。しかし、疲労や睡眠不足、緊張、同時に多くのことを考えている状態でも、言葉や名前は出にくくなります。
見るべきなのは回数だけでなく、以前と比べた変化と、暮らしへの影響です。たとえば、時間を置けば思い出せるのか、ヒントがあれば分かるのか、約束や支払いを忘れて困ることが続いているのか。本人だけで判断しにくいときは、家族など身近な人が気づいた変化も手がかりになります。
記憶は「手がかり」から取り出される
脳科学者の毛内拡先生は、記憶を思い出すときの「引っかかり」の大切さを説明しています。
たとえば、歌手の名前が出てこないときも、「女性」「髪型」「あの曲を歌っていた」と手がかりをたどるうちに、急に名前が出てくることがあります。
記憶研究でも、思い出すときの手がかりが、記憶へのアクセスを助けることが知られています。つまり、「今すぐ出てこない」と「記憶が完全になくなった」は同じではありません。
毛内先生は動画の中で、思い出せないこと自体よりも、記憶にたどり着くための手がかりを持てるかどうかに目を向けています。人の名前なら、会った場所、話した内容、服装、共通の知人など、一つの記憶に複数の入口を作るイメージです。
名前だけを単独で覚えようとするより、「どこで」「何を話した人か」と一緒に覚えるほうが、後から思い出すきっかけを増やせます。
3ページで分かる、物忘れとの付き合い方
物忘れがあったとき、何を見て、どう動けばよいのか。3ページの漫画で整理します。



思い出しやすくする3つの小さな工夫
今日から試せるのは、覚えたいことに自分なりの手がかりを増やすことです。
1.声に出す
人の名前を聞いたら、「〇〇さんですね」と一度声に出します。耳からも情報が入り、会話の場面と名前が結びつきやすくなります。
2.自分との関係を一つ加える
「駅前の講座で会った〇〇さん」「同じ趣味の〇〇さん」のように、自分に関係する情報を一つ添えます。
3.思い出す練習をする
メモを見る前に、今日会った人や、学んだことを一度思い出してみます。正解を眺めるだけでなく、取り出そうとすることも学習になります。
4.忘れた自分を責めすぎない
「また忘れた」と焦ると、思い出すことに集中しにくくなります。いったん深呼吸して、会った場所や会話の内容を順番にたどってみましょう。それでも出なければ、メモや連絡先を確認して構いません。道具に頼ることは、脳を使っていないという意味ではありません。
大切なのは、メモを残す、予定を一か所にまとめる、家族と共有するなど、自分が暮らしやすい仕組みを作ることです。
こんな変化が続くときは、専門機関へ相談を
次のような変化が以前より増え、日常生活に影響している場合は、かかりつけ医や地域包括支援センター、物忘れ外来などへの相談を検討してください。
- 同じことを何度も尋ねる、同じ話を繰り返す
- 慣れた道で迷う、日時や場所が分かりにくくなる
- お金の管理、服薬、料理など、慣れた作業が難しくなる
- 性格や行動が以前と大きく変わったと周囲から言われる
- 本人や家族が「これまでと違う」と感じている
相談することは、認知症だと決めることではありません。原因を確認し、必要な支援へ早めにつながるための行動です。急な混乱や体調変化がある場合には、早めに医療機関へ相談してください。
年齢だけで、脳の可能性を閉じない
物忘れへの不安から、「もう年だから」と新しいことを避けてしまうのは、もったいないことです。
まずは、物忘れの一部を年齢による自然な変化として落ち着いて捉えること。そして、生活への支障がある変化は専門家へ相談すること。この二つを分けると、必要以上に怖がらず、自分の脳と向き合いやすくなります。
そしてもう一つ大切なのは、「できなくなったこと」だけを探さないことです。新しい人と話す、初めての道を歩く、いつもと違う料理を作る、学んだことを誰かに説明する。特別な道具がなくても、日常の中には脳が新しい情報に出会う機会があります。
動画では、失敗や新しい挑戦も脳にとって意味のある経験として語られています。うまくいかなかったときに「年だから無理」と終わらせるのではなく、「次はどうすればいいだろう」と考えることも、脳を幅広く使う一歩です。
よくある質問
名前がすぐ出ないだけで、認知症を疑うべきですか?
名前が一時的に出てこないだけでは判断できません。後から思い出せる、ヒントで分かる、生活への支障がない場合は、加齢や疲労などでも起こり得ます。ただし、変化が続いて不安な場合は専門機関へ相談してください。
脳トレをすれば認知症を予防できますか?
特定の方法だけで認知症を確実に予防できるとはいえません。睡眠、運動、食事、社会とのつながり、持病の管理なども含め、生活全体を整える視点が大切です。
メモに頼ると、脳を使わなくなりませんか?
メモは、予定や情報を安全に管理するための手段です。思い出す練習と、忘れても困らない仕組みづくりを両立させると、安心して日常を送れます。
ULTRAコミュニケーション協会の認知脳活性アドバイザー®養成講座では、脳に対する思い込みを見直し、日常で脳を幅広く使う方法を学びます。医療や介護の国家資格ではなく、自分や家族の暮らし、現在の仕事や活動に脳科学の視点を生かすための民間資格講座です。
※本記事および講座は、認知症その他の疾病の診断・治療・予防効果を保証するものではありません。認知機能や健康状態に不安がある場合は、医療機関などの専門機関へご相談ください。

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