「早く着替えて」
「宿題は終わった?」
「ちゃんと話を聞いて」
子どものためを思ってかけた言葉が、返事のないまま空中に残る。そんな朝や夕方はありませんか。
必要なことを伝えているだけなのに、子どもは黙り込む。少し強く言えば反発され、あとから「また言いすぎた」と自分を責める。
親が間違っているわけでも、愛情が足りないわけでもありません。ただ、急いでいるときほど、会話が「伝える」だけの一方通行になりやすいのです。
産婦人科医・池川明先生は、「胎内記憶の基本」の講義の中で、一般的な胎教と、自身が提唱する「胎内記憶教育」の違いを語っています。
そこにあったのは、妊娠中だけに限らない問いでした。
私たちは、相手によいものを与えることに一生懸命になるあまり、相手から返ってくるものを受け取り忘れていないだろうか。
今回は、池川先生の講義を手がかりに、家族の会話を一方通行から双方向へ戻す方法を考えます。
よかれと思う気持ちが、会話を一方通行にする
一般に胎教というと、音楽を聴かせる、やさしい言葉をかける、穏やかに過ごすなど、親が赤ちゃんによいと考えるものを届けるイメージがあります。
池川先生は講義の中で、この形を「親から赤ちゃんへの働きかけになりやすい」と説明しています。
もちろん、親が赤ちゃんを思って何かをすることが悪いわけではありません。問題は、「こちらがよいと思うことを与えれば、それで関わりが完了する」と考えてしまうことです。
これは、生まれたあとの親子にも起こります。
「寒いから上着を着なさい」
「忘れ物をしないように、今のうちに準備しなさい」
どれも子どもを守りたい気持ちから出る言葉です。それでも、子どもの返事を待たずに言葉を重ねると、会話ではなく連絡になっていきます。
親は「何度言っても伝わらない」と感じ、子どもは「どうせ自分の話は聞いてもらえない」と感じる。お互いを思っているのに、言葉が同じ場所をすれ違います。

赤ちゃんにも、返しているものがあるかもしれない
池川先生が提唱する胎内記憶教育では、赤ちゃんを一方的に教えられる存在としてだけでなく、感じていることや伝えたいことがある存在として見ようとします。
親が話しかけ、赤ちゃんの動きや反応に意識を向ける。そこで受け取ったものに、また親が言葉を返す。
池川先生は、こうした関わりを「双方向のコミュニケーション」と表現しています。
ここで大切なのは、赤ちゃんの反応の意味を親が決めつけることではありません。
胎動があったから「喜んでいる」、静かだから「嫌がっている」と断定するのではなく、まず反応が返ってきたことに気づく。
「今、動いたね」
「聞こえているのかな」
そうやって関心を向ける時間そのものが、相手を一人の存在として尊重する姿勢につながります。
この考え方は、赤ちゃんが言葉を話すようになってからも変わりません。
双方向とは、親が何も言わないことではない
「子どもの話を聞くことが大切」と言われると、注意してはいけない、親の考えを言ってはいけない、と感じる方もいます。
けれど、双方向のコミュニケーションは、親が黙って何でも受け入れることではありません。
親にも、伝えたいことがあります。時間を守ってほしい。危ないことはやめてほしい。家族の一員として協力してほしい。
子どもにも、言いたいことがあります。まだ遊びたい。何から始めればよいか分からない。学校で嫌なことがあり、今は話を聞く余裕がない。
どちらか一方の気持ちを消すのではなく、両方の言葉が同じ場所に置かれる。それが会話の往復です。
池川先生は講義の中で、胎内記憶という情報を知るだけではなく、日々の生き方に使える「知恵」に変えることが大切だと語っています。
「双方向が大切」と覚えることが知識なら、目の前の家族との会話で一度立ち止まることが知恵です。
家族の会話を往復させる、3つの小さな変化
毎日の会話をすべて変えようとしなくても大丈夫です。いつものやり取りの中で、一か所だけ順番を変えてみます。
1.指示の前に、今の様子を言葉にする
「早く片づけなさい」と言う前に、見えている様子をそのまま言葉にします。
「まだ遊びたそうだね」
「どこから片づけるか迷っている?」
気持ちを言い当てる必要はありません。違っていたら、子どもが「そうじゃない」と返せます。その返事が、会話の始まりになります。
2.親の希望を、短く伝える
子どもの様子を聞いたあとで、親の希望も曖昧にせず伝えます。
「あと10分で出たいから、靴下を履いてほしい」
「床にあるおもちゃを、一緒に箱へ戻したい」
「ちゃんとして」のような広い言葉より、今してほしいことを一つに絞ると、子どもも返事をしやすくなります。
3.返ってきた言葉を受けて、次を決める
子どもが「あと少し遊びたい」と言ったとき、すぐに「だめ」と閉じず、何ができるかを一緒に考えます。
「あと一回終わったら片づける?」
「自分で片づける? 一緒にやる?」
すべてを子どもの希望どおりにする必要はありません。親の事情も伝えたうえで、返ってきた言葉を次の行動に少し反映させる。それだけで、子どもは「自分も会話に参加している」と感じやすくなります。

家族だからこそ、言葉を省きすぎてしまう
職場やお店では理由まで丁寧に説明できるのに、家族には「早くして」「前にも言ったよね」で終わってしまうことがあります。
近い関係だから、分かってくれるはずと思う。毎日のことだから、説明する時間がない。親も疲れていて、ゆっくり聞けない日もあります。
だから、毎回うまくできなくても大丈夫です。
一方通行になったことに気づいたら、途中からでも戻れます。
「ごめん。今、私ばかり話していたね」
「あなたはどうしたかった?」
この一言で、止まっていた会話がもう一度動き出すことがあります。
双方向のコミュニケーションに必要なのは、完璧な言葉ではありません。相手から返ってくるものを受け取ろうとする姿勢です。
知ったことを、家族の中で使える形にする
親子のコミュニケーションは、本を読んだだけ、話を聞いただけで急に変わるものではありません。
実際の家族を前にすると、感情が動きます。分かっていても強く言ってしまう日も、同じところでぶつかる日もあります。
そんなときは、「できなかった」と自分を責めるより、どこで会話が一方通行になったのかを振り返ってみてください。
知識を、家族の中で使える知恵へ変えるには、日常のやり取りに重ねて練習する時間が必要です。
ULTRAコミュニケーション協会では、家族との会話や親子のすれ違いを、脳科学と対話の視点から学べる講座についてご相談いただけます。
「何を学べば今の悩みに合うのか分からない」という段階でも、今起きていることをお聞かせください。
※本記事は、池川明先生の講義で提案された考え方を、日常の家族のコミュニケーションへ置き換えて紹介したものです。胎内記憶についてはさまざまな考え方があり、その存在や、特定の働きかけによる医学的・発達上の効果を証明するものではありません。妊娠・出産、子どもの発達や健康について心配がある場合は、医師・助産師などの専門家へご相談ください。
