「ママのお腹の中は、あたたかかったよ」
小さな子どもが突然そんな話をしたら、あなたはどう答えるでしょうか。
「本当に覚えているの?」と驚く人もいれば、「夢を見たんじゃない?」と受け流したくなる人もいるでしょう。どう受け止めればよいのか迷うのは、子どものことをきちんと理解したいと思っているからです。
今回から始まるこのシリーズでは、産婦人科医・池川明先生による「胎内記憶・出生前周産期心理学」の講義を手がかりに、妊娠、出産、子育て、親子のコミュニケーションを考えます。
第1回のテーマは「胎内記憶の基本」です。
大切にしたいのは、胎内記憶が「ある」「ない」という結論を急ぐことではありません。子どもが見ている世界に少し耳を傾け、親子の間に安心して話せる時間をつくることです。
「そんなこと、あるはずがない」と思っていた
池川先生は講義の中で、医学教育では一般に、お腹の中や出生時の出来事を後から言葉で思い出すような記憶は想定されてこなかったと振り返ります。
ところが、出産に関わる助産師へ話を聞くと、子どもが出生時の様子を語ったという話が出てきました。
講義で紹介されたのは、小学生の子どもが書いた作文です。その子は、お腹の中へ何かが入ってきたこと、白い服を着た人に足を持たれて外へ出たこと、口へ管のようなものを入れられて苦しかったことを表現していました。
池川先生が家族へ確認すると、その子は足から先に出る状態で、帝王切開によって生まれたといいます。子どもの語った内容と出産時の状況に重なる部分があったことが、池川先生が胎内記憶を調べ始める大きなきっかけになりました。
ここで立ち止まりたいのは、「この事例があるから、すべての胎内記憶が証明された」と考えることでも、「科学で説明できないから、すべて間違いだ」と切り捨てることでもありません。
一人の子どもの言葉が、大人の思い込みを揺らした。その出来事から、調べ、聴き、考えることが始まったのです。
子どもたちは、どのようなことを語るのか
池川先生は、子どもと保護者を対象にした聞き取りやアンケートを重ねたと説明しています。
子どもたちが語った内容として紹介されたのは、次のようなものです。
- お腹の中が暗かった、あたたかかった
- 外の音やお母さんの声が聞こえた
- お腹の中で動いたり、蹴ったりしていた
- 生まれたときにまぶしかった、寒かった
- 出てくるときに苦しかった
- 周りにいた人の声を覚えている
講義では、池川先生が行った複数の調査結果も紹介されています。ただし、数字は調査対象、質問方法、回答者の解釈によって変わります。胎内記憶を持つ子どもの割合として、そのまま一般化できるものではありません。
また、胎児期に母親の声や繰り返し聞いた音へ反応し、出生後にもその影響が見られることを示した研究や系統的レビューはあります。一方で、それは成長した子どもが胎内や誕生時の出来事を、言葉を伴う自伝的な記憶として正確に思い出せることと同じではありません。
科学的に研究されている「胎児期の感覚や学習」と、子どもが後になって語る「胎内記憶」は、区別して考える必要があります。
分かっていない部分があるからこそ、信じ込ませるのでも、頭ごなしに否定するのでもなく、子どもの言葉をそのまま聴く姿勢が大切になります。
胎教と「胎内記憶教育」は何が違うのか
講義の後半で池川先生は、従来の「胎教」と、自身が提唱する「胎内記憶教育」の違いを説明しています。
一般的な胎教は、親が赤ちゃんのためによいと考える音楽や言葉、生活習慣を与えるなど、親から子への働きかけになりやすいものです。
一方、池川先生が伝える胎内記憶教育では、赤ちゃんにも感じていることや伝えたいことがあるかもしれないと考えます。親から一方的に働きかけるのではなく、赤ちゃんを一人の存在として尊重し、双方向の関係を育てようとする考え方です。
これは、胎内の赤ちゃんに限った話ではありません。
子どもが生まれ、言葉を話し始めてからも、大人はつい「こうしたほうがいい」「それは違う」と、答えを先に渡してしまいます。けれど、子どもの側にも、その行動を選んだ理由や、うまく言葉にできない気持ちがあります。
「教える」前に「聴く」。
この順番を入れ替えるだけで、親子の会話は少し変わります。
不思議な話をされたときの、3つの聴き方
子どもが胎内のことや、生まれる前のことを話し始めたら、真偽を確かめようと質問攻めにする必要はありません。まずは、その子が安心して話せる時間を守ります。
1.正しいかどうかを、すぐに決めない
「そんなことは覚えていないはず」と否定する必要も、「きっと本当だよ」と結論づける必要もありません。
「そう感じたんだね」「そんなふうに覚えているんだね」と、子どもの今の言葉を受け止めます。
2.答えを含んだ質問をしない
「お腹の中は暗かったでしょう?」「ママを選んできたの?」のように、大人が望む答えを含んだ聞き方は避けます。
幼い子どもの記憶や語りは、質問の仕方や周りの反応から影響を受けることがあります。「もう少し聞かせて」「そのとき、どう思ったの?」と、子ども自身の言葉を待ちましょう。
3.話したくないときは、追いかけない
途中で遊び始めたり、「もう忘れた」と言ったりしたら、そこで終わって大丈夫です。
親が知りたいことを聞き出す時間ではなく、子どもが話したいことを話せる時間だからです。覚えておきたい言葉があれば、話し終わった後に日付と一緒にメモしておくと、大人の解釈を加えずに残せます。
「分かろうとしてくれた」が、親子の安心になる
子育てをしていると、子どもの言葉や行動が理解できず、つい強く言ってしまう日があります。
「何度言えば分かるの」
「どうしてそんなことをするの」
そう言った後で、自分を責める親御さんも少なくありません。
でも、毎回すぐに正解を出せなくても大丈夫です。子どもが求めているのは、完璧に理解してくれる親ではなく、「あなたの話を聞こうとしているよ」と伝わる関わりなのかもしれません。
胎内記憶というテーマが教えてくれるのは、目に見える行動だけで子どもの内側を決めつけないことです。
信じるか、信じないか。その二つだけに分ける必要はありません。
「この子には、私がまだ知らない感じ方がある」
そう考えて一度立ち止まることが、親子のコミュニケーションを変える小さな入口になります。
今日、子どもの話を一度だけ最後まで聴いてみる
何度言っても動かない。気持ちが分からない。よかれと思って声をかけたのに、子どもが心を閉じてしまう。
そんな日には、答えを教えることを少しだけ休んでみませんか。
「どうしたの?」と聞き、途中で評価や助言を挟まず、子どもの言葉が終わるまで待ってみる。それだけでも、親子の間に流れる空気が変わることがあります。
あなたが完璧な答えを持っていなくても大丈夫です。
「あなたのことを分かりたい」という気持ちは、聴く姿勢から子どもへ伝わっていきます。
親子だけで答えを出せないときは
子どもの話を聴こうとしても、同じところですれ違ってしまう。
つい強い言葉が出て、後から自分を責めてしまう。
そんなとき、親子だけで答えを出そうとしなくても大丈夫です。
ULTRAコミュニケーション協会では、子育てカウンセリングについてのご相談を受け付けています。今起きていることを一緒に整理しながら、親子に合う関わり方を考えたい方は、相談内容をお聞かせください。
※胎内記憶についてはさまざまな考え方があり、本記事は特定の記憶の存在を医学的に証明するものではありません。妊娠・出産、子どもの発達や健康について心配がある場合は、医師・助産師などの専門家へご相談ください。
